About

シュトウデザイン・ラボについて

シュトウデザイン・ラボは、グラフィックデザイナー 

シュトウタカユキが主宰するデザイン事務所です。

延岡を中心にDTP・WEBコンテンツ・プロダクト等幅広く制作しています。

シュトウデザイン・ラボのシンボルマークは、イニシャルの「S」をベースに構成されています。

「S」の始点と終点を自身とクライアント、もしくは協力企業に置き換え、この点と点がしっかりとつながり、情報を共有し、ブレーンストーミングを重ねていくことで、広告・製品やデザインそのものの力が無限大となり広がっていく、といった意味が込められています。

 

これは、デザイナーも知らないような、クライアントの様々な専門知識や考えを取り入れた上で、ヒントを探っていきながら試行錯誤し、デザインの力を掛け合わせ課題に臨んでいくということです。

 

デザインに関して、価値は付加するものではなく既に潜んでいるものだと考えます。

それをどう見つけどう表現していくかを創意工夫しながら制作活動を続けていきたいと強く想っています。

この想いは、ロゴを制作した2014年の開業時から変わりません。

 

ずっと色々な事を吸収・学んでいきたいという考えから、laboratory・lab = 研究のラボと名乗っています。


シュトウタカユキ design / direction 

シュトウデザイン・ラボ 代表

 

ピスト /  焼酎緑茶割り / 漬物 / いちごオレ / グミ 

1982生まれ。

幼少期から口ベタで引っ込み思案。

母子家庭。B型でPOPな母ヒロコの2nd作品。兄はヤンチャ、自身は根暗、妹は割とマトモだった。

 

皆で外で遊ぶより、ひとり室内で何かを作ったり描いたりするのが好きだった。一時期、テレビや冷蔵庫など電化製品の断面を勝手に想像しひたすら図を描き続け、家族に心配されていた。

母親はオモチャやお菓子はなかなか買ってくれなかったけれど、画材や図鑑などは買い与えてくれた。

キノコと寄生虫の図鑑を所望した際は、装丁が豪華すぎて高額なのは明白、子供ながらに申し訳ない気持ちになった。お礼に数日間マッサージを施した。

 

小学校低学年、校内スケッチコンクールで描いたアスレチックの絵が賞をもらい、それ以降提出期限が迫ると僕だけ掃除の時間も絵を描かせてもらっていた。

それがクラスメイトから大バッシングを浴び、帰りの会で吊し上げられ、人前で絵を描くのに恐怖を感じるようになる。

それからは放課後や休日は友達と遊び割と活発になっていったが、密かに絵は描いていた。

 

中学2年、ショッピングセンターで某化粧品会社のフリーペーパー(田中一光 監修)を手にし衝撃を受ける。

それから毎月発刊日になると、坊主頭&学ラン姿で化粧品会社の冊子コーナーへ走った。

この頃から、何となく将来こういうものを作っていきたいと考えるようになる。

周りの同級生がアンテナをたてるのが早かった。音楽やファッション、アート、グラフティ等のストリートカルチャーに触れ創作意欲の加速度は増してゆく。

TSUTAYAの存在も大きく、情報源は主に雑誌や本だった。今は亡き低俗情報文化誌、Hot-Dog PRESSも愛読していた。

 

高校になると引っ込み思案な性格を都合よく忘れ、バンド活動にいそしむ。

バンド(Drums)自体も楽しかったけれど、ライブのフライヤーやチケットを作るのにも夢中になった。

雑誌などの写真の上に習字紙をひき、形をペンでなぞり画を作っていく。

カセットテープに付属していたタイトルなどを記載する為のシールを使い文字列を配置。ウエイトのあるゴシック体にデザインフォントみたいな装飾を施しイベントタイトルにしたりして。何度も拡大縮小コピー、コラージュを繰り返し完成したものを文房具屋でラミネートかけて…。

誰に教わることもなく、自然と写植やトレース作業みたいな事をやっていた。

今考えるとかなりクオリティは低かったと思うが、当時はPCもネットも普及していなかったし、やはり田舎だった為情報がなかった。

 

高校卒業後に上京。Nippon Design Collegeへ入学し、グラフィックデザインを専攻。ゼミではアドバタイジングを学ぶ。

クラスメイトは良い意味で変な人ばかりで楽しかったし優しかった。そしてクリエイティビティが高く感化され続けた。友達には一切標準語を使わなかった。方言「よだきい」が流行った。今でも定期的に会い情報交換している。

 

東京は情報も早く常に刺激があり魅力的な場所だけれど、人混みは何年経っても嫌いだったし(僕も人混みの1人なんだけど)慣れない文化も多々あった。たまに行くのがちょうど良いのかな、長年暮らせる場所ではないとずっと思っていた。

 

広告代理店・デザイン事務所を経て上京から10年、東北震災の時に延岡へ帰郷。 震災は特に関係なく、かねてから帰ろうと思っていたタイミングだった。

都会に骨を埋めることはなかったけれど、しばらく遠くを見てきたことは強みになると確信していた。

 

2014年 シュトウデザイン・ラボとして活動開始。

DTP・WEBコンテンツ、プロダクト、スチール撮影・映像制作等を主に活動し、現在開業から10年。

 

心優しい人たちに助けられ制作オファーをいただき、道に落ちてるものを食べながら、どうにか生き延びています。 


企業系等、個人的掲載NGの案件が多いですが、割と最近のモノや過去の思い入れのあるモノを少しずつアップロードしていきます。